一昨日、クラウドワークスのライティング案件を一本納品して、そのままの流れでライター向けの講習会に参加した。
内容自体はまあまあ真面目に聞いてたんだけど、最後の最後、担当者の人がちょっとテンション変えて話しかけてきた。
ざっくり言うと、
「これからはObsidianとCursorを使ってライティングしてブログを作るべき」
「ぼくのこれまでの経験なら、かなりエッジの立ったコンテンツになる」
「GoogleのSEOとも親和性がある」
「普通のAIスクールが“ChatGPTで記事を書きましょう”くらいなのに対して、ここではObsidian×Cursorまで教えていて、他より2〜3年先を行っている」
というようなお話。
うん、うん、と聞いていた。
で、最後にサラッと出てきた金額が、
77万円。
いや、77万。
一瞬「ほう……」みたいな顔をしてたと思うけど、内心はまあまあ揺れたw
というか表情筋だけ必死で仕事してた気がする(;´∀`)
ただ、その説明を聞きながら、ぼくの頭にはずっと別のことが浮かんでいた。
「それ、ぼくが手ほどきを受けてるライティングの師匠が、半年以上前からもう実践してる方法やな……」
Obsidianに自分の知識や経験をためて、そこをAIに読ませながら文章を作っていく。
あれ?
それ、知ってるぞ?
「他より2〜3年先を行ってます」とかなり自信満々に言われたんだけど、ぼくの中ではその瞬間、
「いや、それもう知ってるぞ?w」
に変換されてしまった。
もちろん、そのスクール独自の体系だったり、教え方だったり、そこにしかない価値はあるんだと思う。
人から教わることで、独学なら半年かかるところを1か月で通過できることもあるだろうし、何でも「自分で調べりゃタダじゃん」で済む話でもない。
ただ、ぼくは昔から「権威がそう言っているから」とか「業界最先端です」みたいな言葉を、そのまま信じるタイプではない。
すごい人の言葉に「なるほど!」となることはある。
でも、その次に来るのはだいたい、
「ほんじゃ自分で試してみるか」
なんですよねw
ということで、
77万円払うかどうかはさておき(いや、払いませんよ!)w
せっかくだから、自分でどこまでできるのか試してみることにした。
自分の過去をObsidianにぶち込んでみる
まずObsidianに、
- 自分の文体ルール
- 価値観や判断基準
- 好きなもの・嫌いなもの
- 作品を見るときの視点
- 警備会社時代に身につけた仕事の運用ノウハウ
- AIを使うときの考え方
なんかを言語化して入れていった。
さらにXのアーカイブを落としてみたら、過去の投稿が3万件以上あった。
3万件て。
お前どんだけツイ廃やねん?!!w
という話なんだけどw
その中から、自分の文体や考え方、仕事観、人生観、AI、未来、作品観なんかが濃く出ているものをまず100件。
さらにもう150件選んで、合計250件を「びり原液」としてObsidianに置いた。
全部を毎回AIに読ませるわけじゃない。
3万件は長期記憶の倉庫。
250件は、ぼくらしさがかなり濃く出ている素材集。
必要なテーマに応じて、AIにそこから関連する過去の自分を探してもらう。
そんな仕組みにした。
Claude Codeに「ぼく」を読ませてみた
で、このObsidianのフォルダをClaude Codeに直接読ませてみた。
「ぼくの文体ルールと価値観を読んで、過去のXから今回の記事に使えそうな投稿を探して」
みたいなことを頼んでみたんだけど、
これがけっこうすごかった。
文章の癖とか、考え方とか、
「この場面ではこういうセルフツッコミを入れる」
「真面目な話のあと、自分を落として説教臭さを消す」
「抽象論から自分の具体的な体験へ戻ってくる」
みたいなところまで拾ってくる。
おっ、わかってるやんけ!!!
となったw
ただ、面白いことに、そのClaude Code自身に文章を書かせると、ちょっと違う。
分析はめちゃくちゃ上手いのに、文章にすると妙にお行儀がよくなる。
ぼくなら「うおおお!!!」まで行くところを、
「嬉しく感じました。」
くらいに着地させてくる。
急に町内会のお知らせになるのやめろw
いや、文章としては別に悪くないんですよ。
むしろ普通にうまい。
ただ、「ぼく」ではない。
1つのAIに全部やらせなくてもいいんじゃない?
そこで今考えているのが、役割を分ける方法。
Obsidianは記憶。
自分の経験、価値観、文体、過去の発言を置いておく場所。
Claude Codeは発掘と作業。
今回の記事に必要な過去の発言や経験をObsidianから探して、材料を集めてもらう。
そして、
文章の仕上げはChatGPT。
対話しながら、
「いや、ワイならそこはこう言うw」
「もうちょいテンション上げて」
「そこは真面目に」
みたいに直していく。
今のところ、この役割分担がかなりしっくり来ている。
1つのAIに「ぼくを完全再現しろ!」と全部背負わせるより、それぞれの得意なところだけ働いてもらった方が強いんじゃないか、と。
というか、この記事自体がもう、
Obsidianにためた自分の記憶
→ Claude Codeが材料を発掘して下書き
→ ChatGPTと対話しながらびり味を戻す
という方法で作っている。
なんかもう、普通にできてしもうたぞw
77万円のスクールで教えているというものと、もちろん完全に同じではないだろう。
体系化されたノウハウもあるだろうし、ぼくがまだ知らない使い方も山ほどあるはず。
でも少なくとも、
「自分の知識や経験を外部化して、それをAIに読ませながらコンテンツを作る」
というところまでは、自分の手で来られた。
そしてこれ、かなり面白い。
過去に書き散らしてきた3万件以上のXも、仕事で散々苦労してきた経験も、単なる昔話じゃなくて、
AIが必要なときに引っ張り出して使える“知識資産”に変わる。
この感覚はちょっとすごい。
どうやら、ぼくが教わってきた方向性はだいぶ合っていたらしいw
そしてたぶん、これはまだ入口。
77万円は払ってないけどな!!!w
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