「安息日すら取れない働き方はダメだ」そう思いながら、完全オフが一日もなかった1年半

古今の知恵・処世術

カレンダーが日曜日でも祝日でも、関係なかった。

会社を辞めるまでの最後の約1年半、ぼくには仕事から完全に離れる日が一日もなかった。

「ほぼ休みなし」ではない。

一日もない。

ここはけっこう大事なので、先に書いておきます。

30年近くいた警備会社で、ずっとそんな働き方をしていたわけではありません。完全オフの日がなくなったのは、辞める前の最後の約1年半です。

前に「6割運転」という記事を書きましたが、あれは仕事を毎日100%でやらず、普段はある程度力を残して働く、という話。

今回はそれとは別です。

仕事中に何割で走るか以前に、仕事から完全に降りる日そのものがなかった。

「休まないとダメだ」と、当時から分かっていた

これを今になって振り返って、

「いやー、あの頃は休むことの大切さが分かってなかったな」

と言いたいわけじゃありません。

逆です。

当時からずっと思ってました。

「安息日すら取れない働き方は、さすがにダメだろ」

ぼくは昔から古今の教えとか宗教とか思想の話が好きで、そういう本をふらふら読んできました。

だから、週に一度は仕事から手を離す「安息日」という考え方も知っていた。

人間には完全に仕事を止める時間が必要だ。

そんなことは分かってたんです。

でも、分かっていることと、実際にできることは別だった。

休めなかった理由は、シンプルだった

代わりがいなかった。

ほぼこれです。

管制は、本来ひとりで完結するような仕事じゃありません。

最低でも複数人で回す仕事です。

ところが最後の約1年半は、ぼくが完全に抜けたとき、そのぶんを丸ごと任せられる人がいなかった。

だから、

「今日は休みます」

という選択肢自体が、事実上なかった。

ここを「休む勇気がなかった」とか「責任感が強すぎた」とか、妙に美談っぽくしたくないんですよね。

そういう話じゃない。

休みたくても、代わりがいないから休めない。

ただそれだけです。

そして、その「ただそれだけ」が1年半続いた。

「安息日がユダヤ人を守った」という言葉

そんなことを考えていた頃、古い教えを漁る中で、こんな言葉に触れました。

「ユダヤ人が安息日を守ってきたというよりも、安息日がユダヤ人を守ってきたのだ」

この言葉をどの本で最初に読んだのかは、もう覚えていません。

ただ、ずっと頭には残っていました。

今回あらためてユダヤの知恵をまとめた資料を読んでいたら、同じ言葉が出てきました。

さらに、

「毎日仕事だけしていたら、人間は仕事のなかで腐ることもある」

「人間をつくるためには、仕事と休みのリズムが必要だ」

という考えも紹介されていました。

これを読んで、やっぱり面白いなと思った。

休みというのは、仕事をしないための空白じゃない。

働く人間そのものを守るためのものなんじゃないか。

休みは、意志より仕組みで守った方がいい

ぼくが「安息日が人を守る」という考えから受け取ったのは、

休みを本人の判断だけに任せると、状況次第で簡単に消える

ということでした。

「疲れたら休みましょう」

「無理しないようにしましょう」

もちろん、それも大事です。

でも、ぼくは休まないとダメだと分かっていた。

それでも休めなかった。

だったら問題は知識じゃない。

休める仕組みがあるかどうかです。

代わりがいる。

連絡を受けなくていい日が決まっている。

その日は仕事を止めても回る。

そういうものがなければ、「休んだ方がいい」と百回思ったところで休めないことがある。

ぼくの最後の1年半には、それがなかった。

「休んだ方がいい」で終わらせない

これは警備会社だけの話でもないと思います。

自営業でも、フリーランスでも、会社員でも、

「自分が止まったら仕事が止まる」

という状態になった瞬間、休みは消えやすい。

そこで、

「ちゃんと休むように意識しましょう」

だけで終わらせると、たぶん弱い。

意識してても休めない人がいるからです。

必要なのは、

休むことを本人の気合いに任せないこと。

これは今のぼく自身にも言える話です。

今はAIをいじりながら、かなりぶらぶらしているw

で、その1年半を経て会社を辞めた今。

ぼくはAIをいじったり、気になったことを調べたり、こうして記事を書いたりしながら、会社員時代とは比べものにならないくらい自由に時間を使っています。

いや、今度は振り切れすぎやろw

完全オフが一日もなかった生活から、ずいぶん遠いところまで来てしまいました。

たぶん、あの1年半の反動もあるんでしょう。

でも少なくとも、もう一度何かに本気で取り組むとき、

「休むことは自分で気をつければいい」

とは思わないようにしたい。

休みは、仕事の邪魔をするものじゃない。

仕事を続けるために、そして仕事をしている人間を守るために必要なもの。

「安息日がユダヤ人を守った」という言葉を、ぼくは今のところそんなふうに受け取っています。

この記事を書いた人
福本 幸一

首都圏の零細警備会社に約30年勤務。現場の警備員から管制・人員配置・採用・教育・クレーム対応まで一通り担当しました。退職後はChatGPTやClaude Codeなどを使い、自分の経験や文体をObsidianに蓄積して活用する「外部知能」作りを実験中。タルムードなど古今の知恵も好きです。

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