トラブルを全部自分で片づける人が、会社の問題を見えなくする

トラブルを全部自分で片づける人が、会社の問題を見えなくする 警備業界・零細企業

ぼくは首都圏の零細警備会社で、30年近く働いていた。

管制をやって、人が足りなければ自分が現場に出て、クレームが入れば頭を下げに行く。

辞める少し前、ぼくはXにこんな投稿をしている。

その後半に、こうある。

各所調整して何も起こらない平和な毎日を休みも無く延々と続けることできんの??
平伏してこの超越者の偉業を讃えろ! 給料上げろ! 棒茄子出せ!

「超越者」。

我ながら、すごい単語を選んだものだと思うw

ただ、当時のぼくは、これを半分本気で書いていた。

「何も起こらない毎日」を作るのが仕事だと思っていた

同じ時期に、こういう投稿もある。

立ち入り問題なく終わったぞい!!!!!! やり切った!! ようやり切った!!!
偉い! マジで偉いッ!!!! さすがは超越者! ぼくじゃないとやり切れない偉業だったぞ!
とんでもなく押し寄せるハチャメチャを全部受け切った!!! それでこそ超越者!!!

警察の立入検査が、何事もなく終わった日の投稿だ。

トラブルが起きても、欠員が出ても、クレームが来ても、その日のうちに片づける。翌朝には、何もなかったみたいに現場が回っている。

それを作れることが、自分の価値だと思っていた。

「押し寄せるハチャメチャを全部受け切る」。

言い方はふざけているけど、やっていたことはだいたいこの通りで、しかもぼくは、それをちょっと誇っていた。

ぼくのところで止まっていたもの

具体的に何を受け切っていたかというと、管制と、現場と、クレーム処理だった。

翌日の人が足りない。まず他社に応援を頼む。ダメなら自分が現場に出る。

自分の手配ミスで穴が空いたときも、埋めるのは自分だ。

今日は手配ミスで現場です!!!!!
まったく我ながら本当に何をやっているのか…

現場でクレームが出れば、たいていは自分が行って謝る。

休みの日にクレームいただくとずっしり来ますね…

ここは誤解されたくないんだけど、問題をこっそり握りつぶしていた、という話じゃない。

事故が起きたときは、基本的に必ず社長に報告していた。

欠員だって、ぼくが現場に立っている時点で、社長には分かる。

クレームも、大きいものは当然伝えた。ただ、自分が現場へ行って頭を下げれば収まる程度のものは、いちいち報告しないこともあった。あとから、愚痴みたいな形で事後報告することもあった。

一件一件で見れば、上はだいたい知っていたか、知ろうと思えば知れた。

問題は消えたんじゃなくて、ぼくのところに溜まっていた

でも、ここからが今回の本題で。

一件一件は見えていても、それが「先月、全部でいくつ起きたのか」「どれくらいの負荷だったのか」というまとまった量になると、話が変わる。

その量は、ぼくのところで吸収されて、外からは見えにくくなっていた。

欠員が月に何回出て、そのうち何回を自分が現場に出て埋めたか。

クレームが何件あって、どれを自分が謝りに行ったか。

手配のミスを何回、現場を走ってリカバリーしたか。

一件ずつ処理して、そのたびに次へ行く。

ぼく自身も、「今月は何件の問題を自分で吸収した」なんて数えてはいなかった。

とにかく今日を平穏に戻す。

当時は、それが仕事だと思っていた。

でも実際は、平穏だったんじゃなくて、ぼくのところで平穏に戻していただけだった。

少なくとも、ぼくがいた会社は、外から見ると「ちゃんと回っている会社」の顔をしていたのだと思います。

「慎ましくがまんつづけるなんて最悪手」

薄々おかしいとは、当時から思っていた。

2018年に、こんな投稿をしている。

結局この世の中声がデカいヤツがのさばるってことか。慎ましくがまんつづけるなんて最悪手。害が及びそうならその前に全力で声を張り上げて主張するってか。まあそういう世の中なんだろうねぇ…。

黙って処理する側にいると、損をする。

騒ぐ人のところには「困っている」という情報が届いて、黙って片づける人のところでは、その情報が止まる。

じゃあ声を上げればよかったのか、というと、それもよく分からない。

ぼくには、会社をもっと伸ばしたい気持ちもあったし、必要ならもっと仕事を引き受ける覚悟もあった。ただ、その気持ちが十分に汲まれている感じは、あんまりしなかった。

……この話は今回の本筋じゃないので、これくらいにしておくw

辞めたら、量が見えるようになった

ぼくが辞めたあと、前の会社にいた人から、ぼくが担当していた仕事が3.5人+土日の外注みたいな形に分けられた、と聞いた。

3.5人の話は以前の記事でも書いたので、ここでは繰り返さない。「ぼくが3.5人分働いていた」と言いたいわけでもない。

今ひっかかっているのは、人数そのものじゃない。

一人のところに仕事を寄せているあいだは、その量が「一人分」に見えてしまう。分けてみて初めて、「これ、そんなにあったのか」になる。それだけのことだ。

あれは我慢じゃなくて、運用だった

いまの自分のメモには、こう整理している。

自分が実際にやっていたのは、高ストレス環境下で、複雑な業務を止めずに運用し続けること

長いあいだ、自分の強みは「我慢強さ」だと思っていた。

でも、やっていたのは我慢というより、止まりそうなものを止めずに回し続ける作業だった。

ぼくがその場で元に戻してしまえば、とりあえずその日は終わる。

そして当時のぼくは、それを「今日もちゃんと仕事をした」と思っていた。

実際、「超越者」とまで言ってますからねw

意図して隠したわけじゃない。少なくとも、ぼく自身は問題の総量を数えていなかった。会社がどこまで把握していたかは分からない。ただ、一件ずつその日のうちに処理して終わらせていた以上、全体でどれくらいの問題を抱えていたのかは、見えにくくなっていたと思う。

これは、当時のぼくには見えていなかった。

それで、今どうしているか

今のところ、こう思っている。

「何も起こらない平和な毎日」を作ること自体が、悪かったとは今でも思っていない。

ただ、それを一人で作り続けると、その毎日がどれだけの量の上に乗っているのか、誰にも分からなくなる。

自分にも、会社にも。

まあ、今でもぼくは「超越者」のつもりなんですけどねw

この記事を書いた人
福本 幸一

首都圏の零細警備会社に約30年勤務。現場の警備員から管制・人員配置・採用・教育・クレーム対応まで一通り担当しました。退職後はChatGPTやClaude Codeなどを使い、自分の経験や文体をObsidianに蓄積して活用する「外部知能」作りを実験中。タルムードなど古今の知恵も好きです。

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