朝、管制の電話が鳴る。
「すみません、明日の現場、一人来られなくなりました」
またか。
こっちは管制業務を回しながら、足りなければ自分も現場に出る。
勤務回数で数えると、その週は9日分働いていたなんて時期もありました。
1週間は7日のはずなんですけどね。
どういうことなんでしょうw
ぼくは首都圏の零細警備会社で約30年働いていました。
その中で嫌というほど思い知ったことがあります。
仕事ができるようになるほど、仕事はその人に集まる。
しかも零細企業では、その速度がかなり速い。
最初は「ちょっとこれもお願い」だったものが、気づけば「あの人に任せておけば大丈夫」になり、最後には、
「あの人がいないと会社が回らない」
になっている。
一見すると頼られている。
実態は、かなり危ない状態です。
「誰かに任せればいい」が通用しない
現場で仕事を覚える。
すると次は、複数人いる現場のまとめ役を任される。
そのうち人員配置。
管制。
警備員教育。
採用面接。
営業。
顧客対応。
クレーム対応。
気づけば、だいたい全部セットでこっちに乗っていました。
大きな会社なら、
「この業務は別の担当に振ろう」
で済むのかもしれません。
でも零細企業では、その振る先の「誰か」がそもそもいないことがある。
ここがなかなか厄介です。
「マニュアルを作ればいい」
「教育すればいい」
「仕事を任せればいい」
言うのは簡単です。
でも、そもそも任せられる人が採用できない。
警備業界の場合、求人を出しても、管制や人員配置まで任せられる人材が都合よく応募してくるわけではありません。
面接の予約が入って、
「おっ、今回はいい人かも」
と思っていたら来ない。
採用できたと思ったら辞退。
また求人。
また面接。
また一から。
賽の河原か。
そんなことを何度も繰り返しました。
欠員が出れば、最後は自分が埋める
警備会社では、人が足りなくなったからといって、
「じゃあ今日は現場なしで」
とはいきません。
なんとかして必要な人員を揃える。
それでもどうしても埋まらなければ、
最後は自分が現場に出る。
管制を担当している人間が、そのまま穴埋め要員にもなる。
日中は翌日の人員配置や顧客対応をして、必要なら夜は自分が現場に立つ。
そんな働き方が普通になっていきました。
サブで管制を担当していた人間が抜けてからは、まともな休みがほとんどなくなった時期もあります。
基本的な業務で週7日。
さらに月に何度か土日の夜勤にも入る。
勤務回数で換算すれば、週9日、年間約390勤務相当。
いやだから。
一年は365日しかないんですよw
でも当時は、それで会社が回っていました。
というより、
自分が止まると会社が止まる。
その方が正確だったのかもしれません。
「マニュアルを作れば属人化は防げる」は半分だけ正しい
属人化の話になると、
「マニュアルを整備しましょう」
という話がよく出ます。
もちろん、マニュアルは大事です。
でも30年現場を見てきて思うのは、
マニュアルは「やり方」を残せても、「その仕事をできる人」までは連れてきてくれない
ということ。
管制業務を文章にすることはできる。
人員配置の手順も書ける。
でも、
「この人はこの現場と相性が悪い」
「この人なら多少厳しい現場でも任せられる」
「この現場は明日トラブルになる可能性がある」
みたいな判断は、経験がかなり物を言います。
そして、そのレベルまで任せられる人材が採用できなければ、結局仕事は元の人間に戻ってくる。
標準化以前に、
任せる人がいない。
この問題は、マニュアルだけでは解決できません。
仕事ができる人が、逆に属人化を加速させる
さらに皮肉なのがここです。
仕事ができる人は、トラブルが起きてもなんとかしてしまいます。
人が足りない。
なんとかする。
クレームが来た。
処理する。
明日の現場が埋まらない。
どうにか埋める。
そうすると会社側から見れば、
「なんだ、今回も回ったじゃん」
となる。
すると、本気で仕組みを変える必要性が見えにくくなる。
「あの人に任せておけば大丈夫」
が積み重なっていく。
結果として、
できる人がいることによって、できる人への属人化がさらに進む。
昔の自分の投稿を掘り返していたら、こんなことを書いていました。
組織で献身的に働いていると、いずれそれが常態化して、自己犠牲の上で成り立っていることが会社にも自分にも当たり前になってしまう。
我ながら、よく分かってます。
分かってても抜けられなかったんですけどw
零細企業では「足りない分は現場が頑張る」に戻りやすい
零細企業では、何かを変えようとしても、
「じゃあその仕事は誰がやる?」
というところで止まることがあります。
人を減らしたい。
でも穴は誰が埋める?
待遇を変えたい。
でも原資は?
役割分担を変えたい。
でも任せられる人は?
そうして議論を重ねた結果、
「とりあえず現場が頑張って埋める」
に戻ってしまう。
短期的には回ります。
ぼく自身、高負荷でも仕事を回すことにはかなり慣れてしまいました。
でも、それを続けるほど、
「この人ならなんとかする」
という前提が強くなる。
そしてその人自身も、
「ぼくがやるしかない」
と思うようになる。
会社と本人の両方で、その状態が当たり前になってしまう。
ここまで来ると、かなり抜けにくい。
これ、警備業界だけの話じゃない
警備業界を離れた今でも、この構造自体はあちこちで見かけます。
パソコンに少し詳しい。
すると、
「これ分かる?」
「これ直せる?」
と頼まれる。
最近のぼくの場合は、パソコンそのものよりAIなんですけどねw
結局、
できる人のところに仕事が集まる法則
は、警備業界限定ではないらしい。
30〜50代で会社員をしている人なら、社内に一人くらい思い当たるんじゃないでしょうか。
「あの人が休んだらヤバい」
という人。
もしかしたら、
それが今のあなた自身かもしれません。
「回せる」と「回し続ける」は別の話
ぼくは警備業界で約30年働いて、一つだけかなり強く思うようになりました。
自分が無理をし続けないと成立しない事業は、もう二度と作らない。
高負荷でも仕事を回せる能力があること。
これは一つの能力だと思います。
でも、
その能力を使い続けなければ成立しない環境に、自分を置き続けること。
これは別の話です。
昔のぼくは、
「できるならやる」
だった。
今は、
「そもそも、それを自分がやり続ける仕組みにしない」
を考えるようになりました。
だから今、AIや自動化、外部知能みたいなものに強く興味があるのかもしれません。
30年間、
人が足りない。
時間がない。
でも止められない。
という仕事をしてきた。
だから今度は、
人間の根性を前提にしなくても回る方法
を考えてみたい。
「できる人ほど貧乏くじを引く」
そんな仕組みに、もう一度乗るつもりはありませんw
次は、警備会社で実際に欠員が出たとき、
誰にどう頼み、それでも人が足りなければどうやって現場を成立させていたのか。
もう少し具体的に書いてみようと思います。


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