研修に来ない。電話にも出ない。信用とは、予定表に名前を書けることだった

新任研修の会場で、来ない相手を空席の前で待つ福本 警備業界・零細企業

ぼくの休日は、帰ってこなかった

休みを返上して、新しく警備員になる人の新任研修をする予定だった。

で、来なかった。

電話にも出なかった。舐めやがって。

当時のXには、こう残っている。

お休み返上して新任研修する予定が研修バックれて電話も出やしない…

短い。

おそらく、これ以上書く気力もなかったのだろう。

研修を受ける人が来なかったのだから、研修は中止である。

で、ぼくの休日が無事に返還されたのかというと、そんな便利な仕組みにはなっていない。

予定というものは、相手が来なかったと言って自動的に巻き戻るわけじゃない。

「本日の予定は成立しませんでしたので、休日を新品の状態でお返しします」

んなワケあるかい。とはいえまぁ帰りますけど。やたらモヤモヤしますけど。

ぼくの休日は、何もしていないのに使用済みになった。

なんでや。

予定表には、わりと大胆な前提が埋め込まれている

首都圏の零細警備会社で、ぼくは管制という仕事をしていた。

簡単に言えば、明日、誰をどの現場へ配置するか決める仕事だ。

Aさんはこっち。

Bさんはあっち。

新しく入った人は、まず研修。

予定表には人の名前を書く。

そして、その名前を書いた瞬間から、

「この人は明日、来る」

という前提で、ほかの予定も組み始める。

よく考えると、これはかなり大胆である。

人間なんて、寝坊もする。体調も崩す。電車も止まる。急にすべてが嫌になることだってある。

それでも、全員について「来ない可能性があります」と考えて、同じ現場に二人ずつ配置するわけにはいかない。

そんなに人が余っていたら、仕事なんぼでも請けられるやんw

現実には、人はいない。

でも現場には人を出さなければならない。

だから、来る前提で組む。

組むしかない。

バックレで消えるのは、その人の予定だけではない

研修をバックレた本人からすれば、ひとつの予定に行かなかっただけかもしれない。

しかし、こちらではそうならない。

その人が研修に来る前提で、ぼくは休みを空けていた。

研修が終われば、次はどの現場へ入ってもらうか考える。

その人を戦力として数えられるなら、そのぶん別の配置も動かせる。

予定は、一人分ずつ独立して置かれているわけじゃない。

わりと雑に積み上げたジェンガみたいにつながっている。

一本抜ける。

ガシャーン。

抜いた本人は来ない。

崩れたジェンガを積み直すのは、管制である。

ぼくである。

それで人手が足りなくなったら、どうすんのよ? あ、ぼくが行くしかねぇやw

管制自身が現場へ出ると、今度は翌日の手配が苦しくなる。

「いい人」と「予定表に名前を書ける人」は、同じではなかった

信用というと、人格の話になりやすい。

誠実な人。

優しい人。

嘘をつかない人。

もちろん、そういう人のほうがいい。わざわざ嫌な人と働きたいわけではない。

でも、管制として本当に必要だったのは、もう少し地味なものだった。

この人は明日来る。

連絡すると返事が来る。

頼んだことを、やるか、できないならできないと言う。

その人の名前を予定表へ書いたあと、こちらが何度も消しゴムを握り直さなくていい。

ぼくにとっての信用は、たぶんそういうものだった。

面接でも、ぼくは「どこに信用を置くか」を考え直したことがある。

人柄が好ましいかどうかと、その人を予定に入れられるかどうかは、似ているようで少し違う。

感じがよくても、来るかどうかわからない人は予定に入れにくい。

多少クセがあっても、決めた時間に来る人なら予定は組める。

人間としてどちらが上か、なんて話ではない。

管制の予定表には、性格を書く欄がなかった。

あったのは、名前と現場と時間だけだった。

誰にも期待しなければ、たしかに傷つかない

「期待しなければ傷つかない」という言葉がある。

それはそうだと思う。

最初から誰の名前も予定表に書かなければ、バックレられることもない。

ただし、一人で全部やることになる。

ぼくは実際、長いこと一人で抱え込んだ。

何度も予定を崩されると、「最初から自分でやったほうが早い」と思うようになる。

そして、だいたい本当に自分でやったほうが早い。

ここが罠だった。

短期的には早い。

長期的には、ぼくが死ぬ。

実際には死んでいないので、正確には、ものすごく擦り減る。

誰にも期待しなければ、裏切られない。

でも、誰にも任せられない。

その状態で会社の仕事を全部抱えると、傷つかない代わりに休みがなくなるし、実際休みなんてなかった。なんなら週9日働いていた(週によっては夜勤が二日入った)。

ブラックもはなはだしい。なんでこれに何年も耐えていたのかw

信用とは、他人の未来に置かれることだった

信用とは、相手を全面的に信じ切ることではないと思う。

その人の過去も性格も全部理解して、「この人は絶対に裏切らない」と確信することでもない。

もっと小さくて、実務的なものだ。

明日の予定表に、その人の名前を書ける。

その名前を前提に、自分の予定も決められる。

信用されるというのは、誰かの未来の中に、自分の居場所を作ってもらうことなのかもしれない。

かくいうぼくだって、誰かの予定を一度も狂わせずに生きてきた、などと言う気はない。

そんな立派な人間ではない。

それでも、明日も誰かが来る前提で予定を組む。

そして自分も、誰かの予定表から突然消えないようにする。

信用なんて、そのくらいでいいのだと思う。

そのくらいを、こなせる人がなかなか集まらないんですよね。この業界w

この記事を書いた人
福本 幸一

首都圏の零細警備会社に約30年勤務。現場の警備員から管制・人員配置・採用・教育・クレーム対応まで一通り担当しました。退職後はChatGPTやClaude Codeなどを使い、自分の経験や文体をObsidianに蓄積して活用する「外部知能」作りを実験中。タルムードなど古今の知恵も好きです。

福本 幸一をフォローする
警備業界・零細企業
シェアする
福本 幸一をフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました