初めて火災報が鳴った日のことを、今でもたまに思い出す。
正確に言うと、「鳴った瞬間、自分がどうなったか」の話。
とある施設の警備に入っていたときだった。ジリリリリ、と警報が鳴った瞬間、頭が真っ白になった。マニュアルとか手順とか、そういうのは一瞬でどこかに飛んでいって、とりあえず会社の社員さんに電話した。
「か、火災報鳴りました! どうしましょう!」
みたいなテンションで、多分声もひっくり返ってたと思う。
ところが電話の向こうの反応が、こっちの慌てぶりと全然噛み合わない。感情のかけらも出さず、気怠げに、
「はいはい、じゃあ現場確認して、誤報かどうか確認しますね」
とだけ言って、粛々と確認作業に入っていった。
こっちは一人で「うわーどうしよう」ってなってるのに、向こうは眉ひとつ動かさず「まず確認」。結果は誤報。何も起きてなかった。
電話を切ったあと、なんかめちゃくちゃ恥ずかしくなった。一人だけ空回りして狼狽してた自分にw
「なんであの人、あんな落ち着いてられたんだろう」
って、後からしばらく考えた。
今のぼくの理解では、あれは経験がどうこうという以前に、判断の順番の話だったんだと思う。
「反応する」の前に「確認する」を挟めるかどうか。
実はこの「まず確認する」「一拍置く」ってやつ、仕事ができるかできないかを分ける、かなり大きい要素なんじゃないかと最近よく思う。
答えをすぐ出せる人より、「ここはまだ結論を出す場面じゃない」と判断できる人の方が、仕事ではよっぽど強い。
昔から「賢い人はすぐ答えない」らしい
こんなことを考えていたら、ユダヤの知恵として紹介されている「父祖の倫理」というテキストに、賢い人の条件として挙げられているものを知った。
その中に、
「答えるときにあわてない」
「的を射た質問をする」
というものがある。
他にも「人の話を遮らない」とか「知らないことは知らないと認める」とか、まあ色々あるんだけど、正直そこまで全部律儀に守れる自信はないw
でもこの二つだけは、なんか身に覚えがありすぎた。
ユダヤの知恵をまとめた資料には、
「急いで答える者は、急いで間違いを犯す」
という趣旨の言葉も紹介されている。
これも刺さった。
あの火災報の日の自分なんて、答える以前に完全に慌てていたわけで。
古い言葉が、自分の失敗をピンポイントで先に言い当ててくる感じ、ちょっと悔しい。
面接で「この人ならいける」と即決して、痛い目を見た
実際に、この「一拍置かない」で痛い目を見たこともある。
面接で話した感じがすごく良くて、「この人なら!」と思って採用したことがあった。
研修も無事に終わって、さぁいよいよ現場へ、という段になって、
「退職します」
と。
会社にとっても本人にとっても、それまでの数日がまるごと無意味になった。
当時の自分の言葉で言えば、落胆の極み。
何百人と面接してきても、まぁ人はわかりませんね。
この採用まわりの話は、以前別の記事でもっとがっつり掘り下げたので、気になる人はそっちも読んでみてほしい。
→ 何百人も面接して分かった「この人ヤバいな」を無視すると後悔する
だから「合否は必ずワンクッション置く」と決めた
この経験のあと、当時こんなことを書いている。
面接は非常に大切だと今回は特に実感しましたね。早く働きたい、稼ぎたい、やる気アピールは評価する大切部分ですが….
面接合否は必ずワンクション置くこと!
大変勉強になりました。
誤字ってますけどw
言いたいことは今も変わらない。
やる気アピールとか好印象とか、その場のノリだけで「よし決めた」ってやると、あとになって見えてなかった部分がどっと出てくることがある。
だから一回、その場で判断を確定させるのをやめる。
火災報のときも、面接のときも、形は違うけど同じようなところがあった。
確認する前に、判断を確定させてしまう。
逆に言うと、仕事ができる人っていうのは、答えが速い人のことじゃなくて、「ここはまだ判断を確定させる段階じゃない」と分かっている人なんじゃないか、という気がしている。
偉そうに書いてるけど、火災報のときの自分は完全に慌てる側だったので、これは自分に一番刺さる話でもある。
AIは誰よりも速く答えを出してくる
で、この「好印象だけで判断してしまう」ってやつ、今はもっと極端な形で毎日起きてる気がしている。
相手はAI。
WordPressの不具合を直してるときとか、記事の下書きを作らせてるときとか、AIに何か聞くと、めちゃくちゃ速く、めちゃくちゃそれっぽい答えが返ってくる。
文章も整ってるし、なんか説得力もある。
でもそれ、「もっともらしい一発回答」であって、「正しい答え」とは別物だったりする。
面接の好印象と同じで、最初の見た目が良いからといって、中身まで保証されてるわけじゃない。
ここで、
「うわ、それっぽい! これでいこう」
って即採用してしまうと、面接で好印象だけを見て判断したときと似たことが起きる。
速く答えを出すこと自体は、AIにとってはもう当たり前すぎる。
人間まで反射的に答えを出す側に回る必要はない。
人間の仕事は「即答」じゃなく「検品」になった
じゃあ人間側は何をすればいいのかというと、答えを出す係じゃなくて、検品する係でいいんだと思っている。
AIに考えさせて、選ぶ。
出てきた答えをそのまま正解だと思わない。
「ここは合ってる」
「ここはなんか違う」
と違和感を拾って、質問の角度を変えてもう一度考えさせる。
この往復をどれだけできるかが、多分これからの仕事の質を決める。
AIは答えを出すけど、その答えを正解にするのは人間。
これ、さっきの「答えるときにあわてない」「的を射た質問をする」って、そのままAIとのやり取りの話でもあるんだよな、と最近思う。
昔から言われてきた「すぐ答えない」「ちゃんと質問する」という知恵が、まさかAIを使うときにもそのまま効いてくる。
警備の現場で経験したことと、ユダヤの古い知恵と、AIの使い方が同じ一本の線でつながるとは思ってなかったw
一拍置ける人でありたい
というわけで、ここまで偉そうにいろいろ書いてきたけど、正直に言うと今でも自信はない。
多分明日どこかで火災報が鳴ったら、また一瞬で頭が真っ白になって、
「か、火災報鳴りました!」
ってひっくり返った声を出すと思う。
分かってても、体は追いつかない。
それでも、あの日の電話口の落ち着き払った声だけは、今もずっと頭に残ってる。
まず確認する。
あわてて結論を出さない。
そういう「一拍」を持ってる人に、ぼくは今もちょっと憧れてる。
AIがどれだけ速く答えを出してくる時代になっても、そこだけは人間側に残しておきたいなと思っている。


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